【運動論】運動論の基本事項

【運動論】運動論の基本事項


■はじめに

ここでは、運動論(kinetic theory)の基本事項を簡潔に説明する。他の項目の解説において必要な知識を提示することが目的であるため、必要に応じて加筆・修正を行う。

■運動論とは

粒子数$N$が巨大な多粒子系の振る舞いを考える際、各粒子ごとの運動方程式を解いて系の時間発展を予測することは実質的に不可能となる。

このような系を扱う問題を対処可能にするために、粒子の分布関数を導入し、その時間発展の仕方を分析することで、マクロに見た系の典型的な性質を抽出する理論が発展させられた。このアプローチは一般に運動論と呼ばれる。以下、運動論における基本的な概念についてより具体的な説明を行う。

■1粒子分布関数

統計的な記述を行うための処方として、まず系の状態を相空間内の粒子分布で表すための1粒子分布関数(one-particle distribution function)$f(\bm{x},\bm{v},t)$が導入される。ここでいう相空間は6次元のいわゆる$\mu$空間であり、6$N$次元の$\Gamma$空間のことではない。そして、分布関数$f$によって表される系の状態とは、6$N$次元の$\Gamma$空間の1点のことではなく、$\mu$空間内の各微小領域に含まれる粒子の数(あるいは粒子数の期待値)で表されるもののことである。

具体的には、6次元の相空間内で、$(\bm{x},\bm{v}$)から$(\bm{x}+d\bm{x},\bm{v}+d\bm{v})$内の微小領域に見いだされる粒子数が、1粒子分布関数$f(\bm{x},\bm{v},t)$を用いて \begin{align} f(\bm{x},\bm{v},t)d^3x d^3v \end{align} と表される。そして、系の全粒子数$N$は、$f(\bm{x},\bm{v},t)$を相空間全体にわたって積分することで得られる: \begin{align} N=\int f(\bm{x},\bm{v},t)d^3x d^3v \end{align} 図1は、2次元相空間内の粒子分布のイメージを表している。

実際の系は、図のように点在する粒子からなるため、実際の分布を表す関数は連続的にはならないが、運動論が適用できる系は、分布関数$f$が連続的な関数とみなせるほど十分大きな粒子数$N$を持つ必要があり、1粒子分布関数$f(\bm{x},\bm{v},t)$は連続的な関数として扱われる。そのための処方として、1粒子分布関数をGibbsの確率分布を用いて平均化するという操作も一般的になされるが、そのような処方は理論的には必要ないという立場もある(例えば、Goldstein et al. (2019) の議論を参照)。

これらの分布関数に関する解釈の違いは、通常実用的な面で差を生じないため、以下ではどのような解釈を取るかを明示的に指定はしない。

図1:2次元相空間内の粒子集団のイメージ。微小領域$dxdv$内にある粒子数は、$fdxdv$で与えられる。

■運動論方程式

1粒子分布関数$f(\bm{x},\bm{v},t)$の時間発展は一般に \begin{align} \label{eq:kinetic_eq} \frac{\pd f}{\pd t} +\bm{v} \cdot \frac{\pd f}{\pd \bm{x}} +\dot{\bm{v}}\cdot \frac{\pd f}{\pd \bm{v}} =C(f) \end{align} の形を取る運動論方程式(kinetic equation)によって記述される。 ここで衝突項$C(f)$は、粒子間の衝突の影響による分布関数の変化に対応する。衝突項としてBoltzmannの衝突項が用いられる場合、(\ref{eq:kinetic_eq})はBoltzmann方程式と呼ばれる。 系が単一粒子種からなるケースでは、衝突項は以下の保存則を満たす: \begin{align} \label {eq:intCf} \int C(f) d^3v =&0 \\ \int m\bm{v}C(f) d^3v =&0 \\ \int \frac{mv^2}{2} C(f) d^3v =&0 \end{align} これらの式は上から、衝突過程における粒子数、運動量、運動エネルギーの保存に対応している。 以下、断りの無い限り、簡単のために系は単一の粒子種で構成されているとする。

■参考文献

  • Goldstein, S., Lebowitz, J. L., Tumulka, R., and Zanghi, N. (2019). Gibbs and Boltzmann entropy in classical and quantum mechanics. arXiv preprint arXiv:1903.11870.

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